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あがったりさがったり。

かわぐちこうたの日常思ったことをテキトーに書きます。質は問いません。笑

吐露・やりたいことと分からないこと

【吐露】

(1968字、長いので心してお読みいただけますと幸いです。)

 

警備員のバイトが終わり、地下の休憩室で着替えを終えたところ。地上はもう作業が終わっている。建設現場の地下は、地上からの風は吹いて来ない。でも、コンクリートそのままの床、壁、天井のせいか、地上よりも寒く、ひんやりして感じる。

警備員の仕事。仕事内容は主に工事車両の出し入れをすること。実際は休憩がこまめにあってもう少し少ないが、1日10時間前後の時間を、嵐だろうが吹雪だろうが現場の外に立って行う。いつもは朝から初めて19時や20時前後に上がるのだが、今日は奇跡的に18時までの残業で帰れるらしい。そのおかげでいまこうして自分の気持ちを綴っている。

今回は自分のやりたいこと、を書こうと思う。

 

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バイトの話をすると毎回、なんでそんなきついバイトをやってるの、と聞かれる。もう雪の中で長い間立っているのは慣れてしまっているのだけれど。
理由。うん、これに答えるのは単純なようでむつかしいのだ、実は。理由は整理すると主にふたつ、稼ぎたかったし、やりたいことだったから。

まず、いろんな理由があって来年から2年ほど学生生活を延長することになった。その際、学費以外にもいろんな教材費がかかることになった。主に司法試験や予備試験の講座や教材だ。自分の選択で当初の予定と、はずれて働かない選択肢を選んだのだから、自分で稼ごう、という発想に至った。
そして、次の理由が厄介。やりたかったから。当初は短期だからそこまで長居するつもりなかったのですぐ辞められると思ったってだけだった。でも、今はそれ以上に、50代のおっちゃんたちとの交流が楽しかったり、かまってもらえるのが嬉しかったり。
要は、自分はここで承認されたいと思っていたんだ、と。そして、鉄骨を一本ずつ積んでくる10メートル近くあるトレーラーを出し入れすることで、自分の背後に屹立する巨大な建築物の役に立てている実感が持てる。とか。そう言った意味でのやりたいこと、に変化していた。

 

 

 

 

もうひとつ明確なやりたいことがある。
ぼくは法律家になりたい。そこに興味を持ったきっかけはあるんだけど、今回はそこは省略。でも、その理由の1番の根底にあるのは、「法によって人の活動を規制できる」こと。そういう法のすごく偏った見方をした時に、なにか大きなものを成し遂げられそうな漠然とした感覚を抱いているんだと思う。社会をうまい方法でもっとよくできるような。これは高校生のときに進路を決めるときに思ったことでもある。

じゃあ、その法や制度を使ってなにがしたいのか。それが、いまは、見えない。
(もちろん仕事は面白そうだと感じているからこの目標自体は変えるつもりはない)
以前は、人助けが"1番"できる仕事だと思った。医者になりたいとおもわなかったのは、学力的な理由が大半を占めるが、患者を助けたとしても、人は社会の中で生きているのだから、いきている環境自体を変えないと「本当に助けた」ことにはならないんじゃないかなと思ったから。つまり、逆に法律家なら、助けたいその人の法律関係を「直す」ことで、社会的かつ継続的にその人を「本当に救う」ことができると思ったのだ。

 

 

 

でも、「本当に人を救う」ってなんなんだろう。

と自問自答する機会があった。
ある子供の学習支援に熱心なNPOの代表は自由に進路・大学を選択できることだといっていた。
ある本や友人からは、人には人を救えない(のになにいっているんだ?という感じ。)と真っ向から否定された。
ある熱心なボランティアからは、人を助けたいというのも自分の感情なのだ。だから、その感情を満たすという意味で自己満足なんだ、って言われた。
ある熱心な宗教家は仏法なるものを唱えることだと言っていた。
あるアニメでは誰かを救うってことは誰かを見捨てるってことだ、といっていた。

 

 

 


分からなくなった、救うってことがなんなのか。人を救った経験がない、からなのかもしれない。好きな人に振られたときに、手のひらの上にあった大事なものが無くなってしまった、という感覚が強く残ったからなのかもしれない。子供の頃に憧れた正義の味方的なものになりたいのかもしれない。いろんなボランティアをしたけど、人のためになってるっていう感覚があんまりなかったからかもしれない。
こんな経緯で、ぼくの夢の本質部分、人を救いたいという部分は完全にぶった切られた。
ぼくは法律家になっていったい何を実現したいんだ?
と、ぼくは自問自答を続ける。

 

 

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そして、書きあがったあとにもさらに分かる。

誰かを助けようと思ってもむしろ傷つける、良かれと思ったことでも相手は迷惑する。

こんな自分勝手な記事を勢いで書いたおかげで、

ボランティアも熱心な宗教家も友人を傷つける。

そして、そのことががわかった自分も傷つく。

書かなきゃよかったとも後悔もするんだけど、

読んで欲しいとも思う。

 

 

だから、ここまで読んでくれた方には、患者の念しかない。

(すみません、感謝の念、です。追加修正)

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ここまで書く間に家に今日もたどり着いて、まだ冷たいこたつに入っている。
窓の外は、数え切れないほどの粉雪が横方向に吹き付けられている。
いま外に一歩を踏み出すのは、
むつかしそうだ。

 

 

コータ